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現在7つの建物からなる末廣酒造の嘉永蔵。シンボリックなのは創業時の面影を色濃く残し、圧倒的な存在感でたたずむ木造三階建ての建屋である。さらに明治時代、大正時代それぞれの伝統的な風格をたたえた建屋がそこに連なり、今やつくることが困難な鬼瓦だけがその歴史を見守ってきた。
かつて幕末に向かう江戸時代にあっては、旨い酒が人々の賑わいを呼び込んだことだろう。医聖・野口英世に愛され、そして今日に続く悲喜こもごもの人間ドラマにあっては、暮らしの拠り所として心強い存在だったことだろう。
酒造りの魂だけでなく、酒がもたらす幸福も150年以上宿り続けている嘉永蔵。歴史的な資産価値もかなり高く、城下町・会津の美しい景観づくりに欠かせない存在となっている。
◎美しい会津若松景観賞受賞建造物(1994)
◎会津若松市歴史的景観指定建造物(1998) |
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昭和24年(1949)12月15日。末廣酒造は栃木県宇都宮市内で、人々の度肝を抜く画期的なセールスプロモーションを行なう。ボトルに扮した人々が練り歩いたのである。バラエティ番組全盛期の現在にあって“かぶりもの”は少しも珍しくないが、テレビさえ普及していない時代のこと。大人も子供も狂喜したことは想像に難くない。
末廣酒造の歴代社主はいずれ劣らぬチャレンジャー揃い。福島県下で杜氏を迎えた酒造りに初めて踏み切った三代目は、交通の不便をものともせずに、本宮、郡山、遠くは東京まで進出。また、四代目は酒質の改良に多角的に全力を注ぎ、灘式醸造法も採用。ついに清酒「末廣」は大正4年には宮内庁御用達となり、全国に会津の酒の存在を知らしめる。その後の世代で、米づくりや酵母の開発にも着手するなど原点回帰による品質向上を実現している。
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